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<日本の福祉についてひとこと その8

『嫌音権』ということおよび『人権教育』について再論

 ホームの中は人工的な騒音に満ちています。カラオケの音や、放送のチャイムの音、デイルームにある大型テレビや、部屋から漏れてくるテレビの音が聞こえないところは、ホームの中どこにもありません。
 以前はずいぶん我慢強かった和子ですが、病気が進んだ今はとてもナーヴァスで、不安定な日はそれだけでひきつった顔をしています。和子は
逃げ場がありません
 

 先週、たまたまカラオケ・クラブの時間にぶつかりました。その音が1階から2階まで響き渡り、私たちは居るところが無くて、玄関の外に避難しました。
 カラオケというのは、カラオケ・バーやカラオケ・ルームという密室でやるものの筈。150人もいる特養ホームの全館に響き渡らせるなんて、
聴きたくない人の人権を何と考えているのか、とても”正気の沙汰”とは思えません

 まえに書いたオーストラリアの例('99.4.18)なら、私の苦情は直接国の機関で処理される筈です。
 

 ここのところ小樽も暑い日が続き、なかなか屋外にも行けません。冬になったら半年間外にも行けず、どうなるのかと思いやられます。

 テレビを見たいという人の権利と、見たくない人の権利は同値の筈です。どうして特別養護老人ホームという公共の福祉の、しかも事実上”終の棲家”の生活の場で、一方の側の利用者だけが我慢を強いられるのでしょうか。

 もちろんそれは和子の歌を、うるさいと感じる入所者の方の『嫌音権』も含めての議論なのですが。

 『嫌煙権』の問題は、いま日本では『分煙』の形で片付こうとしています。健康上の問題も勿論あります。吸いたい人の健康の問題は”余計なお世話”かも知れないけれど、吸いたくない人の”それ”は保証されなければならないのは、いまでは文明の、いや人権社会の最低の尺度でしょう。
 

 病院などでは特定の談話室など以外では、イヤホーンで自分のテレビ(レンタルが多いけれど)を見るというのが常識です。どうして特別養護老人ホームだけが、ホームの備品のテレビで、見たい人以外の人も付き合わされるのでしょう。

 外国旅行から帰ってすごく感じるのは、日本という国が騒音に満ちていることでした。駅のアナウンスからコンビニやスーパーのBGM、果ては病院の待合室や調剤薬局のテレビの音まで。そしてその音量の大きさ!

 我が家はテレビは僅かの選んだ番組しかつけなかったし、家での生活の大部分は静かでした。外がうるさくても、うちに帰ればホッとすることができました。

 耳が遠い高齢者の方が多いのが、音が大きくなる理由だとスタッフから聞きました。それと悪循環だと思うのですが、ワーカー達の大声に和子が怯えている時さえあります。

 難聴になった高齢の方には、耳元で話せば聞こえる例が多いこと、ただ音量を大きくしても効果が無いという事実がこの"プロの"現場ではほとんど理解されてないようです。私は老親4人の相手をして経験があるからそれがよくわかります。

 「おむつ交換です!」という若いケア・ワーカーの号令で、ステーションの中からケア・ワーカー達が出てきて、それぞれ部屋に散って行きます。私は戦時中の軍隊の「分隊とまれ!」という号令を思い出しました(ほとんど悪夢です)。歌を歌っていた私たち(7人大きいテーブルを囲んでいました)にはもちろん聞こえたし、”交換される方”は、聞こえたらどう思うのでしょう。介護される側の羞恥心をいったいどう考えているのか、ひどい勘違いだとしか思えません。

 建物の構造上の事なら改善に時間もかかるでしょう。しかし以前あったドア付きの部屋や食堂が、この2年来改装されて、すべてオープンスペースになったことも、私には改悪工事としか思えません。
 入所者のプライヴァシーが少しでも考えられていたら、こんな改装設計には成らなかった筈です。

 しかしそれ以前に、福祉の現場の介護思想の貧困さが原因としか思えないことが多すぎます。「おむつ交換です」と、ステーションの中で小さい声で、利用者に聞こえないように連絡しあうことなど造作ないことです。
 細かいことではなく、”
介護思想の欠落”から多くの問題が起きているとしか私には思えません。

 重度のアルツハイマーの患者が、人生の最後に住むことになった福祉の施設で、眠るとき以外静かな場所がどうして保証されないのかと私は思います。

 もう自ら選択することの出来ない和子に代わって言いたいけれど、私だったら質の低い生活の場で、長く生きたいとは思えません

 クォリティー・オブ・ライフという言葉が言われ始めてどれくらい経つのでしょう。これが数十年間働き続け、税金を払い続けてきた結果だとは、とうてい納得できません。その税金で施設は運営されているのだから。

                    '99.8.21