介護日記

 

 2011年1月1日 号外 2011.1.1

札幌は、平穏な天気の中、新年を迎えました。和子は暖かい部屋の中で、「不治の病」「進行性の病」と言われながら、又1生きました。新しいアルツハイマー病の薬が発売されるそうでが、大脳の神経繊維の大部分が消滅してしまっている和子は、薬が効く対象ではありません。和子の発病が早過ぎたのか、薬の開発が遅すぎたのか。東京で「アルツハイマー病中期症状です」と言われて18年、私が最後の勤務校に単身赴任している間のことを子どもたちに聞くと、発病は1985年ぐらいまで遡ります。結婚してから46年、発病してから25年、結婚生活の半分以上が病気でした。私が80歳という年齢になると、教え子に親の介護問題が増えてきています。そして教え子本人が亡くなる例が増えています。元気だった頃の彼ら、彼女らを鮮明に覚えているので、「教え子に先立たれる辛さ」を痛感しています。 和子は今は口もきけない状態で、無惨と思うときもあるけれど、残された時間を精一杯一緒に生きていこうと思います。また1年、よろしくお願いします。数年前からですが、この短信で年賀状に変えさせていただきます。 後藤治・和子

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