介護日記

 

 2003年12月12日 号外

 『高齢者の心の病を考える会』 ホームページ
 開設のご案内

 去年2月、私の著書『和子 アルツハイマー病の妻と生きる』の出版が機縁となって、この会ができました。教え子の「会津の医師」こと、現在は福島市に住む精神科医・白潟医師から「改めて本を読みました。何か私にできることがあれば」とメールがきました。教え子やサポーター達の手で事務局ができ、第1回講演会を開いたのが去年10月でした。私の報告と白潟医師の講演をメインにして、質疑応答のコーナーも設けましたが時間が足りず、ファックスやメールで寄せられた質問を彼が福島に持ち帰り、個々に回答するという方法がとられました。そして今年10月、内容を少し変えて第2回講演会を開きました。それと平行して事務局ではホームページを作る準備が進められました。
 そして先週ホームページがオープンしました。アドレスは http://www.kokoyama-net.net/ です。検索を利用される方は、ここやまねっと で検索してください。平仮名です。Yahoo! JAPAN、 google、 infoseek 、goo など、どのサイトでも検索できます。 ホームページでは白潟医師の、 こんなときどうする? Q&A と、【気ままにダイアリー −精神科医のひとりごと−】 の連載がはじまりました。質問・相談のメールアドレスも付いています。

 教え子の手で私の『介護日記』のホームページができたのが2000年1月です。和子の身内から、「和子さんがさらし者」 などという雑音もあり辛い思いもしましたが、たくさんのサポートをもらってホームページに書き続けました。
 「先生、本にしましょう」という応援団ができ、出版社による商業出版、しかも初版4000部という破格の扱いで本が出版されました。私の側の唯一のノルマである著者買い取り分1000部も、浦河高校・札幌南高校・そして札幌西高校のOB・OGによる実行委員会で完売しました。出版社側の3000部も残部僅かという状態だと聞きました。

 『高齢者の心の病を考える会』は、2回の講演会、そしてホームページ開設へと活動が拡がりました。この病気を家庭内の介護問題にとどめず、広く訴えてきた結果だと思います。そうしなければ私たちは生きて来られなかったし、介護の効果も現れなかったでしょう。
 先日、白潟医師と少しまとまった時間話す機会がありました。東京で「アルツハイマー病の中期です。どんどん進みます」と大病院の医師に宣告を受けてから満11年ですが、思い出せば20年前、私が室蘭に単身赴任したときから、明らかな兆候があったと、あとから勉強してわかりました。当時46歳だった和子がアルツハイマー病になるなどと、夢にも思わなかった時代です。そんな話を白潟医師と話しました。
 和子は今も脳のCT画像では病気の進行が見られます。でも和子は寝たきりなどではないし、元気です。昼間はずっと車椅子で起きています。せっかく実現した「地下鉄で街に出よう」という試みも、駅のリフトまでの道が雪に覆われてしまって、春がくるまでお休みです。でも車で音楽会に行くことはできます。和子は音楽に、特に歌には明らかに反応します。自分が知っていた曲、歌っていた曲、ヘンデルのメサイアや、シャンソンにも明らかに反応します。
 そんな報告も次便で。今日はホームページ開設のお知らせまで。

介護日記目次   戻る   ホーム   進む