介護日記

 

 2003年10月24日

 日曜日は朝のケアを組んでないので、二人でゆっくり寝坊をします。ブランチを食べ終わると、 もう早い秋の西日の反射が、正面のビルの窓に映ります。私たちの窓は東に向いています。ビルとマンションの街に住んでいるのですが、ちょうど真正面に中通りがあり、その先はビルで見えないけれど大通りテレビ塔です。ここから都心まで歩いても30分足らずです。
 小樽の頃は、和子にたくさん着せてダム湖に行き、暮れなずむ湖面を暗くなるまで眺めていたこともありました。このまま錦繍の景色の中に溶け込んでいけそうな感じさえしました。でも、ここは街の中です。歩いて10分ぐらいの神宮の森は、3時を過ぎるとすっかり暗くなります。冬至まで2ヶ月もあるけれど、日脚が急速に短くなっています。札幌西高にいた頃、放課後の掃除を見に行き、生徒のラジオで日本シリーズを聞いている間に、じきに真暗になったのを思い出します。あの頃はドーム球場もなかったし、ナイター設備もなかったから、平日の昼間やっていたんだなあ、などと思い出しています。

 目の前で和子が、車椅子をリクライニングにして、目をつぶってジェシー・ノーマンが歌う、リヒアルト・シュトラウスの『最後の四つの歌』を聴いています。リヒアルト・シュトラウスの曲がそんなに好きなわけではないけれど、本当に最後の作品になったこの曲は、何度聴いても心にしみます。「静謐感に満ちている」曲です。それにソプラノのジェシー・ノーマンが絶品です。この頃私は和子に聴かせるために、ヤマハ時代の同僚だったNさんに手伝ってもらって、ファルセットで高い声を出す練習をしています。何とかF(上のファ)ぐらいまで出せます。和子の高校教師時代の音楽の教科書にある大抵の曲は、ソプラノのパートで歌えます。移調すると曲の感じが変わるので、何とか原調で歌うようにしています。

 教え子が訪ねてきて、果物をたくさんもらいました。水がしたたる梨は美味しいけれど、固くてミキサーにはかかりません。少し火を通して砂糖を加えてコンポートにしてミキサーにかけます。缶詰のヘヴィー・シロップ漬けと違って、自分で作ると梨の香りが楽しめます。たぶん胃袋から上がる香りを彼女も楽しめるでしょう。

 高体連の登山部顧問のOB会が去年できました。去年の準備会の中で、「年に一度ぐらいは山麓例会を」という話が出ていました。そして今年、その山麓例会の案内がきました。「山の縁で集まった仲間同士、山の雰囲気を楽しみながら交流し、翌日はできれば山をご一緒したいと・・」と案内がきました。和子が入院していた教え子が居る病院に、検査入院の予定があったので山麓例会の日程に合わせてもらい、参加を申し込みました。出発の前日幹事から「山は雪になるかもしれませんので、その用意もしておいてください」とメールが入り、簡単な冬の装備も持って札幌から車に乗せてもらってでかけました。十勝岳温泉という山の中の温泉に一泊して、翌日は予報通りの雪の中、三段山という十勝連峰の主稜から少し外れたピークに向かいました。風はなかったけれど、曇りで殆ど眺望がきかない中を登って行く途中、一瞬雲が切れて目の前に、主稜の三峯山(さんぽうざん)が現れました。稜線は真っ白で、十勝連峰に冬がきたことを実感しました。三段山の山頂は、はえまつの上に10センチぐらい雪が積もっていました。
 思いがけず冬が早くきて、山麓の紅葉と山の新雪を両方体験できました。デジカメで撮った写真をメールで送ってもらって、フォト用紙にプリントアウトしました。フレームに入れて壁にかけようと思っています。

 10月21日は学徒出陣満60周年の日です。あの雨の中、学徒(大学生)たちが銃をかついで行進しているニュース映像を見た人は多いでしょう。この日、テレビのニュースを幾つか見たけれど、このことに触れた局はありませんでした。1943年、太平洋戦争が敗色濃くなり、徴兵猶予だった学生たちが戦争に狩り出されました。兄たちは長兄と次兄は既に大学を卒業し、職場から召集されました。3兄は旧制中学を卒業してすぐ就職したあと呉の海軍工廠に徴用され、そこから軍に召集されました。4兄は師範学校の学生でしたが、1945年の徴兵検査に合格し、秋頃召集の予定だった、その8月15日に戦争が終わりました。戦後、上の兄たちも無事帰還しました。息子たちが全員戦死した家もあるのに、我が家はたぶん奇跡的な一家だったのでしょう。

 ブッシュ大統領と小泉首相が、和牛の鉄板焼きを楽しみながら取り交わした約束は、「命がけの自衛隊派遣」と「巨額のイラク復興支援費」だと言われましたが、今夜のニュースで、川口外相がマドリードのイラク復興支援国会議の演説で、4年間に50億ドル(5500億円)拠出の約束をしたと報じられています。一瞬桁が違うのではないかと思いました。もうじき冬がきます。未曾有の不況・リストラの中で、テントで冬を越すホームレスの人たちは去年より増えるでしょう。筋の通らないお金をばらまくほど日本はお金持ちなのかと思います。国民一人あたり5000円、4人家族で2万円です。フランスもドイツも、プーチンのロシアでさえ、イラク人の政府ができて、国連主導の復興計画ができた上でなければ、軍隊もカネもださないというスタンスです。

 ブッシュもブレア首相も、イラクの大量破壊兵器問題で支持率ガタ落ちだというのに、小泉支持率が5割を超えるという、この国の不思議さは何なのでしょう。

 書きたいことはいっぱいあるけれど、今回はこれにて。昨日夏タイヤをスタッドレスに取りかえました。冬も和子を連れて出歩きたいので、冬支度をしました。

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