2001年1月21日 

 北海道は年明けからずっと冷凍庫の中です。外は一日中氷点下の真冬日です。和子は暖かいホームの中で、元気に新しい年を迎えました。

 ホームの応接室が空いてるときは、家から持ちこ込んだビデオとテレビでコンサートをしていたのですが、そこが職員用の食堂になって使えなくなりました。地下に空いている部屋があるので借りることにして、そこで毎日ビデオコンサートをしています。今日はメンデルスゾーンの交響曲『イタリア』を聴きました。和子はきちんとメロディーは出せなくなったのですが、体で正確にリズムを取って、少し口ずさんでいます。

 この病気が進むと、「人格が崩壊する」とか、「赤ん坊がえりする」とか言われます。でも和子が赤ん坊の時にヴィヴァルディーやメンデルスゾーンを知っていた筈はないので、彼女がたぶん思春期以後身につけた音楽が残っているとしか考えられません。もと音楽教師をやっていた人がこの病気になって、音楽に全く反応しなくなったという実例も聞きますが、和子は幼い頃から自分の中に“うたごころ”を育てていて、音大でも声楽を選んだのが幸いしたのだろうと私は思います。亡くなったショルティーという指揮者が、「音楽の始まりは歌だ」と語っていたのを思い出します。和子はいろいろな才能と感性を神様からもらって生きてきたけれど、いま何時間でもクラシック音楽を静かに聴き続けることができるのを見ていて、幸せを実感します。

 私は国民学校で軍歌を歌わせられた世代で、そのあと進学した工業学校には音楽の授業が無く、後に大学で男声グリーに加わって、苦労しながらもハーモニーの魅力にとりつかれました。最初の赴任校では、生徒の合唱部の後に隠れて一緒に歌ったこともあります。その私が2校目の赴任先で、音楽教師の和子と出会いました。 私が15年間教師生活を送った札幌西高校が改築になり、それにあわせて同窓生の寄付で同窓会館が新築されました。西高にオーケストラを作った音楽のK先生が先年亡くなりました。8年間同僚として随分御世話になった方ですが、私は和子の対応に追われて新聞の訃報欄も見ていませんでした。そのK先生が在職中、歌が好きな男性教師の仲間に私も入れて貰って、4人で男声クァルテットを歌っていた時期がありました。私は譜読みが出来なかったので、K先生が私の為にパート練習をしてくれていました。  彼が作った西高オーケストラのOB・OGが毎年演奏会を開いています。先年そのK先生のメモリアル・コンサートが開かれた時に、OB・OG合唱団と合同で「ベートーヴェンの第九をやろう」という話になったそうで、「練習用のピアノを同窓会館に寄贈して下さい」と同窓会便りに載りました。和子が弾けなくなったピアノを毎日見ているのが辛かったし、役に立てればと応募しました。ピアノの状態も良かった様で、和子が愛用したグランドピアノが、去年西高の同窓会館に引っ越しました。  第九の演奏会は今年8月開かれます。その合唱の練習に去年秋から札幌に通っています。和子を良く知っている教え子も何人か参加していて、帰り道は駅まで車で送って貰います。「和子と一緒に歌えないのが悲しい」と車中で話したら、「でも奥様のピアノで、お二人一緒ですから」と言われました。

 去年の秋9月、私の初任地だった浦河高校の同期会に出席しました。この学年は私は副担任で、授業だけを受け持ちました。何年も前から、幹事有志が和子の病気のことを皆に知らせてくれていて、4年前の会には和子同伴で参加しました。その教え子の一人に、改めて最初からの『介護日記』を送りました。彼から電子メールが届きました。「これからの道のりもどこまで続くのか分かりませんが、どうぞお体に十分気をつけて、前へお進み下さい」とありました。

 和子がホームに入所する前に定期的に通っていた小樽駅前の歯医者さんに、去年の秋からまた和子を連れて3回通いました。木曜日の午後休診の時間に、ドクターだけ残ってくれて、有線放送のクラシックでモーツアルトなどを聴きながら、1時間余り念入りに治療を受けています。虫歯になりかかっていたのが止まりました。

 教え子をはじめ、さまざまな人からサポートを貰って生き得ていることを日々実感しています。今年は冬の到来が早く、和子の最初の赴任地だった斜里町の海岸は例年より1ヶ月早く流氷に埋め尽くされたというニュースが届きました。

 冬至を過ぎて日差しも長くなりました。北海道は今厳冬期だけれど、冬も半分過ぎました。胸のアタックはあるのでニトロは離せないけれど、一病息災だと思って病気と付き合っています。

 あと2ヶ月もすれば雪解けが始まります。春の訪れを待ちながら、和子と過ごして行きます。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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