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 「アルツハイマー病:告知の時代」ですか???

 少し前、たまたま新聞のテレビ欄で目にしたNHK教育放送の「にんげん ゆうゆう」という番組で「アルツハイマー病:告知の時代」というタイトルに驚きました。私が見たのは、4日連続の2日目でした。

 奈良の若年性アルツハイマー病の男性と、介護する妻の日常がレポートされていました。「この方は物忘れも激しく、それまで3回会っている取材スタッフのことを覚えていません」とナレーション。「私のことを覚えてらっしゃいますかね?」と、若くて無神経な取材スタッフ。「わからない。・・ひどいね、これじゃね」と落ち込む男性。「でも、それが、おとうさんの病気なのよ」とダメを押す妻。
 妻が夫の言動に、「あなたは病気なのよ。アルツハイマーなのよ」といちいち念を押しているのが痛々しくて見ていられなくなって録画にして、テレビを消しました。後日それを見直したのですが、顔だけ映されていなかった男性の全身から、不安感があふれていました。

 番組のキャスターは、「診断技術が向上して、早期発見が可能になった。去年始まった成年後見制度を利用して、本人の意志がはっきりしている間に、自主的な財産管理の権利を保障する」と、この番組の趣旨の一部を解説していました。

 番組のゲストに精神科医が出てきて、「告知の問題点」を4項目あげて解説していました。
  1、精神的不安を生み出す
  2、確定診断の難しさ
  3、「告知技術」の未熟さ
  4、アフターケアの未整備

 しかし、今の日本の現状で、どの項目もクリアーできているとは、私には到底思えません。今後、年月をかけて、医師を初め医療スタッフの教育をきちんとやって、問題点を整備して、その上での「告知」ならわかりますが、この番組のタイトルは「アルツハイマー病:告知の時代」です。  そして、「わからない。・・ひどいよね、これじゃね」と本人に言わせ、妻が「それが、おとうさんの病気なのよ」と言う。こんなのが、病人に合わせてフォローしていることになるのでしょうか。

 この番組の製作者は、何か勘違いをしているとしか私には思えません。「にんげんゆうゆう」という、このシリーズのメインタイトルも気になります。介護・福祉にかかわる、日本の重い現実と今後の真価が問われるこの時期に、こんな甘い見当違いのタイトルは何なのでしょう。

 和子が受診した多摩市の天本病院の若い医療ソーシャルワーカーが、「くれぐれも注意して不安を与えないように」と最初に言ったことを肝に銘じて、この8年半、和子に寄り添ってきました。その何年間後に、激しくて長い混乱期はあったけれど、抱きしめて嵐が過ぎるのを待ちました。その後教え子の精神科医と出会い、彼の処方した薬で和子の状態はずいぶん改善できました。今は病気も進行して、静かな毎日です。でも第4期とか末期とか痴呆期と言われる患者に特徴的だと言われる、硬直した表情は全く現れず、表情も豊かで声をあげて笑い、周囲を楽しませてくれています。

 成年後見制度の課題はあります。でもそれは家族やそれに代わる人が、本人の意志を忖度(そんたく)して行えばいいことで、本人にじかに「宣告」することとは話が違うはずです。東京時代に見たTBSの報道特集で、札幌医大の患者の状態がレポートされていたけれど、「(告知されて)癌と言われた方が良かった、と泣き崩れる患者さんもいます」と、平然と言い放った医師の傲慢さを忘れません。

 大阪で看護婦をしている教え子からメールが届きました。

今日、胃ガンが見つかり大学病院で手術を受けることになって挨拶に来られた患者さんがいました。担当のドクターから「あんたのガンは末期だから胃を全部取るよ。おなかを開けて広がっていたらそのまま閉じるかもしれないよ」と言われたそうです。つっけんどんの若いドクターらしく、最初に受診した時から、そんな人だと感じていたから仕方が無いけど、とてもショックだったと。食欲を無くして点滴を希望されました。処置中にも「自分がこんなになるまで気がつかなかったのだから仕方ないよね。自分のせいだもね。」など、諦めの言葉が出るのですが、この短期間の目まぐるしい展開を受け入れられない患者さんの姿がありました。ここに戻ってくるのを待ってますからとしか言えず、落ちこんで帰っていきました。

 癌もアルツハイマーも、日本は「告知」の後進国から、いつのまに先進国になったのでしょうか。条件も整えず、出来損ないの医師に免許を与え、大学病院で患者に言いたい放題を言わせている日本の現状は、まるで百鬼夜行です。

 3月に書いた『介護日記』の一部を再録します。

 先月の朝日新聞に、《居場所なき『痴ほう難民』》という特集記事が載りました。

《・・高齢者痴呆介護研究・研修センター研究主幹の永田久美子さんは「痴ほう難民の対策を」と呼びかける。在宅サービスの量も質も、ホームも全く足りない中で家族が困り果て、難民のようになって精神病院にたどりつく。痴ほう対策の遅れの犠牲者です。不適切な医療やケア、環境で、さらに症状が悪化する作られた痴ほう障害が100%といっていい」精神科医療も高齢者福祉も、どちらも対策が中ぶらりん。その谷間に痴ほうのお年寄りが落ちている。・・》

 「公共放送NHK」の、ノー天気さは何事だろうとか思います。

 和子の今の安定した状態は、私や周囲の人たちが、「傷つけないように細心の注意を払ってきた結果」だと、私は確信しています。「福祉を利用するのも“力業(ちからわざ)”」と実感しながら、時間がかかったけれど、今はそんな介護の質を確保できています。

                    2001.11.25