実践記録

地球があぶない

  高校理科で地球と人類の未来を考える


 この授業をした5年前、当時は地球環境の危機についてのマスコミの報道も少なく、「地球が危ない」というキャッチコピーもまだ生まれていませんでした。

 高校1年に「理科I」という科目があります。去年共通一次試験の科目からはずされたこともあって、受験校を中心にして額面通り理科の基礎の全領域をやっている学校は少なくなっているようです。しかし、理科の選択科目で地学を選ぶ生徒がほとんどいないことを考えると、高校1年で必修の理科Iの中でしか、生徒が地学の中味に出会う機会はなくなります。

 地球が、核戦争をはじめとするもろもろの環境破壊でその存立の危険すら叫ばれるようになってきている今、生徒がその「地球」とそれが属している宇宙について、自然科学的な認識を持たないまま高校を終えてしまうのは不幸なことだと心から思います。

 幸い私の学校では、1年の理科Iを額面通り全領域やることにしていて、地学の分野は1年の前期に週2時間入れています。教科書では「地球のすがた」と大きくくくられるその中味にはいる前に、生徒たちに、「今われわれが住んでいる地球上に起っているさまざまな地学的問題」を書かせました。集めてみると、核戦争の問題、原発事故と放射能汚染(去年のチェルノブイリ事故はまだ彼らの記憶に新しい)、核廃棄物処理の問題(幌延問題も彼らはよく覚えています)、大気汚染、森林破壊(知床原生林の伐採のことを書いた生徒は何人もいます)等々たくさんの問題が出てきました。政治にも社会にもほとんど関心を持っていないと言われる彼らですが、起きていることをニュースとしてはかなりよく知っていますし、自然の宝庫と言われる北海道でも問題が集中的に起きていることもわかっているようです。千歳川放水路や大雪林道のことを書いた生徒も何人かいます。

 教科書にはいる前に、1月からNHKが放映をはじめた地球大紀行の第1集「水の惑星・奇跡の旅立ち」を見せ、内容のまとめと感想を書かせました。このシリーズは毎月1回で現在第9集まで放映されています。第1集は「奇跡の旅立ち」のタイトル通り、地球という天体がいかに奇跡的な偶然のめぐりあわせで、誕生以来46億年の歴史をたどって、惑星の中で唯一「水の惑星」として動植物が住めるものになっているかを、強い説得力でえがいています。私の感想ではこのシリーズはこの種のものの中ではとてもよくできていて、これを見て人生観が変ったという教師さえいます。生徒も感想の中で、“今まで何も考えないできたけれど、このビデオを見て地球の自然の大切さを痛感した”などと書いています。

 授業は地球の概観からはじまって、天動説から地動説への歴史をたどり、太陽系をつくる他の惑星へとすすんでいきます。千数百年ものあいだ教会の権威のもとに世界を支配していた天動説が力を失い、地動説がとってかわる、その中で中心的役割をになったコペルニクスやガリレオやケプラーの話はドラマティックで感動的です。ここでは安野光雅の「天動説の絵本」をスライドにして使ったりしました。

 半年やってきた週2時間の理科I地学の授業はまもなく終ります。しめくくりとして「人間をかえせ」と「核戦争後の地球」のビデオを見せ、地球の環境破壊の実態についての新聞記事、解説書のコピーを読ませ、最後にレポートを求めました。“46億年前に生まれ、考えられないような偶然の積み重ねで現在ここにある「水の惑星」は、近年さまざまな人為的な原因によって危機的な環境破壊に直面しています。ビデオを見たりプリントを読んでの感想と意見を”と。


生徒の感想と意見

『核』について

 “今、世界のいろんな所に核爆弾があり、いつでもそれが作動できること、そして作動した瞬間、『死』へと向かうことを思い知らされた。原子・水素爆弾のほかにも、あんなにたくさんの核爆弾があるとは知らずにいたので、とてもおどろいた。爆弾だけではなく、原子力発電所など危険なものがあふれている。『核』は地球上から消さなくてはいけない。核が使用されたら46億年の歴史もないのと同じになるのでは、と思っている。”

 “私は長崎に行ったことが一度だけあります。しかし今はもう核戦争直後のあの悲惨な姿はほとんど残っていない。それは広島でも同じこと。一見平和に見える両都市。表からはもう忘れてしまったかのように思える。しかしその裏側では、重くるしいひばく者の声がきかれる。人間による人間を殺すための核、信じられない。いま原子力発電による核のゴミ処理が問題になっているのにははらがたつ。目先の目的のためだけに気をとられていた人間。この先どうするかという、最も重大なかつ難しいこの問題、それらはきっと私たちの世代にもふりかかるものであろう。とてもこわい。”

 “幌延町の高レベル放射性廃棄物施設建設問題については、自分も納得がいかないところがたくさんあった。同じ北海道だから前から関心があって、よくニュースなんかで幌延町のことが入ったら、目ん玉をぱちくりさせて真剣に聞いたりしていたけれども……まず、こうだから、この施設は安全なんだという説明が不十分で、建設に反対している国民を無視して政府が無理やり建設しようとしている。小中学生の間で問題になっているいじめと同じだ。腹が立つ。”

 “『核』についてのビデオを見て、核一つでこんなにもすごい被害が出るのかと、すごくびっくりした。そして米・ソの核保有量がとてつもなく多い。そのうえ今では原子力発電も多くなってきていて、核廃棄物の処理施設を幌延にもってこようとしていることにはとても反対です。……米・ソが力を均衡にして平和を維持するのではなく、核という人類を滅ぼすものを捨て、そして本当の平和を考えて、話し合いをして解決しなければならないと思う。”

『森林』について

 “この前家族で知床まで行った。キツネや知らない鳥を見てきた。その知床の原生林が切られるのは去年あたりから知っていたが絶対反対だ。少数の人の意見で木を切って、最後に困るのは私たち人や動物たちなのだ。『割りばし』のプリントで感じたのだが、私は木を切るのは反対だといって、学校の売店で割りばしを買って使い、使い終るとパキッと折ってすててしまうのだ。8,000円出して土地は買えないが(知床100平方メートル運動の拠出金のこと--後藤注)割りばしを使わないことぐらいできるのでは? と思った。木を切れば木材になるが、その木材をボンドでつけても木にはならない。だから、後悔するようなことはやってはいけないのだ。”

 “森林について、私はどうして伐採してしまうのか疑問に思う。森林は人間にとってなくてはならないもので、酸素を放出したり、洪水や山崩れを防いでくれるのに、どうしてかわからない。こんなにむだなことをやっていると、今に想像もできない、大変なことがおこると思う。その前にみんなに話しかけ、みんなの問題として考えていかなければ、自分で我が身を滅ぼしてしまうことになるのではないかと私は思いました。”

『オゾン層』について

 “「紫外線が直撃する」を読んで、ふだん使っているスプレー商品とか、冷蔵庫やクーラーの冷媒に使われているフロンガスがオゾン層を破壊し、オゾン層がなくなったら人類が滅びるということに驚かされた。『核』も『森林』も、『オゾン層』もすべて人間が原因になっている。これは大変なことであり、地球が良い方向に進むようによく考えるべきだと思った。”

 “制汗スプレーやヘアスプレーなどに使用されているフロンガスがオゾン層破壊とは知らなかった。私も使っているし、どこにでも売っているからそんなに危険とは思わなかった。人間は自分たちを作った地球を、自分で破壊するようなものをつくっているという実態を強く感じた。”

 まもなく2学期の中間テストがあり、そのあと各クラス3〜4時間の岩石薄片作りの実習を組みます。岩石をやすり(とう写板の廃物利用)と研磨粉で光を通すまでみがき、それを偏光顕微鏡でのぞくのです。それこそ46億年の歴史を秘めた岩石が、色あざやかに光輝くのを見て彼らはおどろくでしょう。地学の授業の最後に、こんな感動を彼らに味わってもらいたいと思っています。

 地球大紀行は時間がなくて第1集以外はほとんど見せることができませんでした。時間の余ったクラスに(レポート提出後)第6集「巨木の森大地を覆う」を見せました。アメリカで100メートルをこえる(それは超高層ビルの高さです)レッドウッドという木の森林が、原始の姿のままで保存されている画面に、生徒はおどろきの声をあげます。そして今ある森林はわずか4億年前に地球にあらわれはじめたこと、それは水中の藻類が放出した酸素がながい間かかって大気上層にオゾン層を形成し、それによって動植物に有害な紫外線をカットすることで可能になったことをえがいています。そのオゾン層が、今スプレー類に多く使われているフロンによって危険にさらされていること、そのことに日本政府と日本人が深くかかわっている(米国では10年前に禁止、日本はようやく厚生省が腰をあげたばかり)ことを彼らは学んでいます。高校生の髪の毛のおしゃれが流行し、彼らが毎朝使うスプレーとフロンガスを考えるとそらおそろしくさえなります。「核戦争は地球の地質年代的な破壊だ」と言われます。「核戦争後の地球」で、バーナビー博士は、核戦争が起きる可能性の方が起きない可能性よりははるかに高いと指摘しています。そして、さいわいにして起きなかったと仮定しても、地球全体の環境破壊が今のまま進めば、地球に住む人類に未来がないこと、そしてそのことに日本人が多く責を負わなければならないことを生徒達に知らせるのは、理科教師の義務ではないかと私はこの頃思います。

 「いま、地球がおもしろい」と言ってもいい時代です。ハレー彗星や日食も居ながらにテレビ画面にとび込んできますし、地球をとびたってから10年もとびつつけているボイジャーから送られてくる惑星や衛星の鮮明な写真を見ることもできます。地球のまわりを半年間も回っている宇宙船ミールから送られてくる船内映像は、あの世界中を興奮させたアポロが送ってきた月面のボヤけた映像とは格段の差です。地球大紀行が見せてくれるのは、われわれが見たこともない地球の素顔です。人類が科学技術の進歩によって限りなく未知の世界へとわけ入っている一方で、その同じ技術がスタウォーズのためとしか考えられないSDIに使われ、そして日本がそれに加担する危険も指摘されています。そしてわれわれが住んでいるこの地球は、もしかしたら住むにたえないしろものになるかもしれない。

 理科I地学にさける時間は年間通せばわずか週1時間ですが、その中で生徒達に、これらのこと全体を見る目、その目をつくるきっかけでもできればと思っています。

(「北海道の平和と教育」平和教育実践記録集vol 8 1987・11)

追記
16年前私と同僚の地学の教師が実施した授業で、一緒に考えた生徒達は、この春31歳です。「生徒達はこの授業を覚えていてくれるだろうか」と、いま思います。教師生活最後の年、素敵な感想を書いてくれた1年生と出会えて幸せでした。

2003年7月25日、札幌にて

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